勝谷誠彦 現在の姿に衝撃!ホモの噂は本当?病気で写真見ても一瞬誰か分からず訃報名を聞いて驚く!

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おはようございます、インタレストライブラリーです。
わたしの朝はとくダネで始まりますが、冒頭から訃報。アルコール性の劇症肝炎で病気療養中だった勝谷誠彦氏が11月28日の午前1時48分に兵庫県尼崎市で帰らぬ人となりました。
訃報のニュースと同時に写真が映し出されましたが、お元気な頃しか拝見していなかったわたしは「ん?誰かな?」と素で分からなかったくらいに姿は別人。いくつかお写真を紹介いたします。

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勝谷誠彦の現在の姿に驚き!闘病で老いた姿に「誰?」

勝谷誠彦氏は2018年8月21日、毎朝メール配信している有料配信コラム「勝谷誠彦の××な日々。」で「腹痛と膨満感で、3分ほども座ってられない」「まえ屈みだと、右脇腹に激痛が走る」とコラムに書き緊急入院されていました。病名は、アルコール性の劇症肝炎。
テレビ番組で辛口な発言で爽快な方だなと思っており、当時TVで拝見していたのはこのお写真。

画像出典:ザテレビジョン
このお写真を見て勝谷誠彦氏だと認識しました。

最近の勝谷誠彦氏の写真はご本人のツイッターに載っていますのでいくつかご紹介します。

こちらはご本人のFacebookから。

また、こちらの投稿には…

ヨロンです。
今朝のメールに書きましたが、順調な回復とはならず、申し訳ありませんでした。
勝谷にとっても、周りにとっても限界が見えてしまったので、『勝谷誠彦のxxな日々。』は無期限休載とします。
勝谷本人とも、今朝電話で話をしまして、彼も納得しました。
8月21日の緊急入院以来、多くの暖かい応援をいただいてきましたが、裏切るようなことになってしまい、残念です。
次があるかどうかもわかりませんが、今度は依存症まで含めて、完全に治ってから復帰させます。
さまざまなご意見、ご批判、ご提案もあると思いますが、ご理解のほど、よろしくお願いします。
ありがとうございました。

2018年10月20日のFacebook投稿でした。この頃に、「限界が見えてしまった」という言葉が非常に重いです。病気が回復していなかったことが伺えます。仕事をできる状況ではなくなってしまっていたのです。

髪の毛が長くなったのもあると思いますが、白髪が目立っており、テレビで活躍されていた頃とは違うお姿に訃報時すぐ気づくことが出来ませんでした。

勝谷誠彦はホモとの噂も?!の生い立ちプロフィールをご紹介

名前:勝谷誠彦
誕生日:1960年12月6日(57歳)
生まれ:兵庫県尼崎市
職業:コラムニスト、写真家
学歴:早稲田大学第一文学部

日本のコラムニストであり、日本写真家協会会員。勝谷氏の弟さんは大阪大学大学院医学系研究科臨床遺伝子治療学特任准教授で内科医の勝谷友宏さんです。兄弟揃って非常に優秀ですね。

兵庫県尼崎市出身。開業医(立花駅前の勝谷医院)の家に生まれる。本人の日記や弟の勝谷友宏によると、上に兄がいたが亡くなっているとのこと。西宮市立の小学校を経て尼崎市立七松小学校から灘中学校に進学。灘高校時代には生徒会長を務めるとともに、地学研究部に所属し全国各地で鉱物を採集した。学校では教師をつかまえては議論を持ちかけるタイプの生徒であったが成績は悪く、特に数学と英語が苦手であった。「最初から最後まで下から3番目とかだった」と回想している。卒業に関しては「私と物理学」という作文を書いて何とか卒業を認めて貰ったという経緯もあるという。大学受験では、現役時に筑波大学医学専門学群の受験に失敗している。翌年には東京大学文科Ⅲ類に不合格となるも、早稲田大学第一文学部に合格(後に文芸専修に進む)。さらに翌年、筑波大学医学専門学群に再挑戦するも不合格となった。慶応の法科にも受かったが勝手に早稲田への進学を決めてしまったため親に仕送りを打ち切られ、家庭教師や土方などのアルバイトで自活。大学では、『早稲田おとめちっくクラブ』(少女漫画研究会)に所属した。早稲田の文芸専修に進んだのは小説家志望だったためで、平岡篤頼のゼミで小説を書き、2年生で専攻の機関紙『蒼生』に小説『栗の花』が、『早稲田文学』に小説『金魚』が掲載された。在学中より、三尋狂人(みひろ・くると)のペンネームで主に風俗関連を専門とするフリーライターとして活動し、大企業の管理職レベルの収入を得ていた。編集プロダクション『ブレーメン・ファイブ』を設立した。

引用元:ウィキペディア

1985年に早稲田卒業後には広告代理店の大手である電通に就職されましたが、数ヶ月で退職し、文藝春秋に入社。はじめに写真週刊誌 『エンマ』の記者となり、その後は雑誌 『クレア』、『週刊文春』、『文藝春秋』、『マルコポーロ』等の担当でした。

40才を過ぎてからサザンにハマったのも勝谷さんらしいですね。
また、ウィキペディアで興味深いことが書いてありましたが、友人の漫画家である西原理恵子氏からは「ホモのかっちゃん」「ホモかつや」と呼ばれており、西原氏の漫画に「かっちゃん」が登場するもの(『鳥頭紀行』)はほぼホモネタ、下ネタ絡みで描かれているそうです。実際のところは分かりませんがネタとして書かれているのにも理由があるとは思います。

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勝谷誠彦のホモ説の情報は?美少年マニアで小池徹平がお気に入りと発言!

2007年4月29日の教えてGOOでの内容を転載します。

先週、大阪で「たかじんのそこまで言って委員会」という番組を見てたら、何の話の流れか不明でしたが、宮崎哲哉さんが「勝谷さんは、美少年マニアだから。」云々発言をし、それに対して勝谷さんが「今は小池徹平ちゃんがお気に入り。やぎらゆうや君は成長したからダメ。」みたいなことをニタニタしたがら言ってました。
以前、西原理恵子さんのマンガで勝谷さんが「ホモのかっちゃん」とかで登場して、シンガポールで現地の男子中学生を見てニタニタしていたみたいなことを書かれていたので、そういう人なんだ、と思っていたのですが、実際に放送でそういう発言を聞いたのは初めてだったのでびっくりしました。
本当に勝谷さんはホモ(しかもロリコン)なのでしょうか・・・?
それとも、単にウケ狙い?
結婚はしていない(していた?)のでしょうか?
関西では、いつもこんな発言ばかりしているのでしょうか?

引用元:勝谷誠彦さんは、本当にホモなのですか?

この質問に対してのベストアンサーはコチラ

あの時は勝谷さんマジでてれていましたね。ホモかどうかは分かりませんが、美少年マニアであることは間違いなさそうです。
関西では番組のコメンテーターとして、たくさんの番組に出演されています。どの番組でもいつものテンションで、同じ持論を展開されていますね。
以前やしきたかじん氏に結婚してるの?と質問を受けていましたが、これに関しては一切ノーコメントだそうです。
もし結婚している、あるいは子供がいる事が分かってしまうと、家族に危害が加えられるおそれがあるからだそうです。
個人的には結婚していて子供もいるような気がします。その後に離婚しているかも。あくまで推測です。

ご家族がいてもおかしくありませんが、確かに表には奥さんやお子さん、そもそも結婚している情報もありませんね。今後の葬儀で誰が喪主を勤めるのかでご家族の存在はハッキリするかと思いますが、美少年マニアは本当だったのでしょう。であれば、テレビでおかしなことを言ったら、勝谷氏自身が否定するでしょうから。

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花房観音さんの勝谷氏本人へのインタビューでもこんなやり取りがありました。

まずうかがいたいのは……勝谷さんと会った、一緒に仕事をしたというと、よく人に聞かれるんです。「勝谷さんて、男が好きゲイなの?」って。西原理恵子さんの漫画にかつて登場していた際に、「ホモかっちゃん」という美少年好きのキャラクターの印象があまりにも強いからなんでしょうけれど……実際のところは、どうなんですか?

勝谷氏「だからね、よく言うけど、僕は風俗ライターとして性の荒野を命をかけて走り続けてきたので、もう突き抜けちゃってるんですよ」

男性との経験はあるんですか。

「なくはないですね」

(え?そうなんだ!驚き!)

美少年好きというのは、よくおっしゃっていますよね。

「大好きです」

愛でるんですか、それとも性的な欲望の対象としてですか。

「どっちかっていうと観察。14、5歳の男の美しさというのは、女の子よりずっと綺麗ですよ」

ホモではなく、性別関係なく美しい人が好きだったようです。
闘病本当にお疲れ様でした。ご冥福をお祈りいたします。

より詳しく語られた花房観音さんのインタビュー記事はコチラです

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