2017年7月26日のフジテレビの番組「ノンストップ」に
元WBA世界ミドル級チャンピオンの竹原慎二さんが出演されていました。
セカンドオピニオンの存在があってステージ4と宣言された膀胱ガンを克服できたとのお話。
余命は残り1年とまで言われ死去寸前の辛い精神状態だったときに、
嫁である香織さんが理想の病院探しをしてくれたことで余命を取り留めたと行っても過言ではありません。
治療費は総額で1000万円を超えたそうです。
一体どのような流れで医師探しをし、復活までいたったのかをまとめていきます。
Table of Contents
竹原慎二死去寸前まで膀胱癌が進行してしまったワケ!
まずは身体の異変に気づいたのは2013年の1月下旬頃。
嫁の香織さんと食事をしていてもトイレに何度も行きたくなるような頻尿がキッカケでした。
1日に10回以上トイレに駆け込んでしまう、これは異常だなと感じたそうです。
数日経過しても症状は治らないことから掛かり付けの内科のA医師に診てもらうことに。
なんと、A医師との関係は14-15年。
何かあったらすぐに相談していた信頼していた医師のようです。
しかし、診断結果は「膀胱炎」と言われ1週間薬を飲みましたが頻尿は改善せず。
またA医師のもとに行く竹原慎二さん。
すると、A医師からは「お酒を飲むから薬が聞かないんだよ」と言われ
竹原さんは7日〜10日間禁酒をして薬を飲み続けましたがやはり効果がありませんでした。
そうすると、頻尿から痛みを感じるようになり次第に激痛に。
トイレでもがくような痛みが襲ってきます。
A医師に診てもらうも「チャンピオンは痛みに大げさ過ぎだよ」と言われ詳細な検査を受けられませんでした。
初診から11ケ月後の2013年1月、
いつものようにトイレで用をたすと便器が真っ赤に染まったのです。
驚きと不安に襲われた竹原さんは、ここで初めて別の病院へ。
B医師のもとで尿細胞診を行った結果、膀胱ガンが発覚します。
2014年2月の出来事でした。
最初の症状からガン発覚まで約1年間かかってしまいガンがすでにステージ4まで進んでいたのです。
B医師から発せられた言葉は「余命はあと1年」。
すでに腫瘍が2.5cmに成長し、粘膜の中にも拡大している状態で
骨盤リンパ節にも2か所の転移が見つか「ステージIVでしたので5年生存率は40%以下。
医師からは膀胱の全摘出を勧められたが、竹原氏は頑なに拒否したのです。
人工膀胱(ストーマ)を に尿代わりの300ccの水を入れて腰につける生活。
実際に装着してみるとこれからずっとつけるのは、耐えられないと思いどうしても膀胱を温存する手立てはないか奔走しました。
竹原慎二 嫁の香織(画像)とセカンドオピニオン受ける!最終的には東大病院に決定!
10年来の付き合いのあったA医師が誤診をしたことからセカンドオピニオンに踏み切り
B医師のもとで治療を臨みましたが、サードオピニオンと様々な病院に行くがなかなか膀胱温存の希望を叶える病院はなかったと言います。
妻の香織さん、旦那である竹原さんを「パパ、絶対に死なせないから」という言葉や献身的なサポートで支えました。
【画像引用元:フジテレビノンストップ】
その後、同じボクサーでもあり友人でもある畑山隆則さんから
「知人が東大病院を受けてみるといいと言ってるから」
という話から東大病院に診てもらいにいったところ
全摘は免れないけど、全摘後に自分の腸を使って体内に『新膀胱』を作れば、ストーマを付けずに済むと説明されたんです。
開腹手術も手ブレ防止機能で細かい作業が正確に行なえる手術支援ロボット『ダヴィンチ』を選びました。
これだと手術痕が小さくて済むからです。
とにかく術後の生活に極力影響を残したくなかったんです。住宅ローンもあったし、仕事も続けたかった。
【引用元:news-postseven】
他の病院でも同じ「膀胱全摘」には変わりはありませんが
人口膀胱ではなく自分の小腸を使用する最先端の治療法に挑むことになり、希望が見えてきたそうです。
東大病院は最先端の技術があるだけではなく、患者の希望に沿った治療計画を立ててくれることから信頼をし身を預けることにしました。
その後、誤診をしたA医師と、膀胱癌の診断をしたB医師とは決別しました。
A医師については信頼関係が崩れたことからですが、
B医師については、その後に東大病院に行くことが決まったあとに態度が急変したといいます。
妻の香織さんがB医師に「主人は本当にステージ4なんでしょうか?」と聞くと
「東大病院に行くんでしょ?僕にはこれ以上はこたえられない」と切り捨てられたような言葉にショックを受けました。
セカンドオピニオンで患者側が思う怖いこと。
前の医師との関係が壊れるのではないか?ということを実際に経験されています。
そういった医師ばかりではもちろんありませんが、
医師も人間ですからそう思ってしまう人もいておかしくはありません。
患者側も病院側も同じ人間ですから、「言葉」には気をつけなければと思わされた出来事でした。
東大病院で膀胱癌の手術をし、自分の腸を使っての新膀胱になってから13日目。
担当医師から驚きの言葉をかけられます。
「リンパにtねにしていたガンがなくなっているんです。抗がん剤が効いた可能性が高いんですがここまで、消えるなんて本当に珍しいです!」
リンパにまで転移していたガンが消える奇跡。
病院選びだけではなく、様々な民間治療としてノニを飲んだり、ビワの葉両方を行ったりとできることは全てやってきたことも関係しているはずです。
そして何より精神的に強く、支えてくれる家族の存在が大きかったのではないでしょうか。
竹原慎二 現在は寛解の状態。再発の可能性もある中娘の結婚式に出るのが目標!
奥さんの香織さんの存在なくして竹原さんは膀胱癌を克服できなかったと言うくらい
香織さんには感謝してもしきれないほど献身的にサポートをしてもらった竹原さん。
余命1年と言われれば、精神的にも不安定になり絶望的で前向きになれるはずがありません。
そんな中、嫁の香織さんは4冊にも渡るノートに竹原さんの膀胱癌の治療方など
良いよ思ったものは書き留めていました。
今でもこのように残してあります。本当に素敵な奥様です。
「独身だったら生きることをあきらめていたと思う」
そんな竹原さんの支えとなったのは奥さんの香織さんだけでなく、
子供の存在も大きかったのではないでしょうか?
お子さんは長安、長女とお二人いらっしゃいます。
その中でも、これから生きる上での目標としてることが
・娘の結婚式に出る
・長女と家族4人で酒を飲む
・女房と富士山に登る
という目標を持つことが生きるモチベーションとなっているそうです。
そして、「寛解」という言葉ですが、症状が落ち着いて安定した状態を言います。
東大病院で膀胱癌の手術後、奇跡的にリンパに転移していたガンも消えましたが
このまま治る可能性もありますし、再発する可能性もあります。
再発しないようによく様子を見ていく必要があり、定期的に病院で検査を受けたり薬を飲んでいる状況です。
そして今回「見落とされた癌」を出版されました。
セカンドオピニオンの重要性や、ガン=死ではないとうことを出版会見でも話されています。
抗がん剤投与から3年が経過。
『がん=死』ではないんだということを僕が証明して、みんなに伝えていきたい」と話しています。
スポンサードリンク