市川海老蔵会見内容まとめ!「愛してる」と海老蔵に言って息を引き取る。

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午前の舞台を終えて喪服姿で現れた海老蔵さん。
市川海老蔵さんの25分間に及ぶ会見内容をまとめました。

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22日、海老蔵さんは舞台でした。
それまでは、麻央さんは、小林麻耶さんと、麻央さんのお母さんがずっと看病をしていました。

海老蔵さんは舞台が終わったあとで、同じ舞台の会場で別で撮影があり、
その後にロビーでまた別の稽古は。

そのときに、麻央さんのお母さんからラインが来ていた。
海老蔵さんは稽古中だったためすぐにラインを見ることができず
約1時間半ほど遅れて見た内容が、

「麻央の具合が悪いから、お医者様も来ている。家族を呼んだほうがいい」

という内容だったそうです。

その後、海老蔵さんも慌てて家に帰ります。

すぐに帰ったところ、麻央さんはまだこの世に居てくれて

「たまたま、、本当にたまたまなんですけど、
わたしが妻の前に座って、苦しそうだったんで、大丈夫かなぁって。」

一昨日は元気だったんですけど、22日はしゃべれずにいた。

「これは本当に不思議な話だったんですけど、わたくしは見てました。

息を引き取る瞬間に「愛してる」といって天国へ旅立った。
その一言を「愛してる」と言ってそのまま、、、」

「僕が言ったんじゃなくて、彼女が「愛してる」と言って。
愛されているのはよくわかっているんですけど、
最期の最期まで愛されていたんだと、、、すいません。」(涙を流されています)

昨日の今日で何も準備ができていなくて、
このようなところでお見苦しい点を見てせ、、、
子供達もそばにいられて良かった。

父のときは、病院だったので。
家族とともに一緒にいられた時間というのは
かけがえのない時間を過ごせたと思う。

麻央さんは、笑顔と勇気と愛情、そしてブレない自分、
どんな状況でも相手のことを思いやる気持ちが最期まであった。
愛ですよね。そういった力がブレず。。。
おとついまで笑顔で。
笑顔で、いました。

昨日は調子悪かった。
急だったので。

わたしをどんなときも愛していたんだと、
できればずっと一緒にいて、わたしのほうが先に逝って、
彼女にはもっと幸せに、家族や、お母さんやお姉さんを、見守ってほしかった。

れいかは麻央の傍を離れませんでした。
隣で寝ると、傍を離れませんでした。

かんげんは、わかっていると思うんですが、
麻央の顔を触ったり、足をさすったり、手を握ったり、、、
そういうところを見ると、わたしが今後背負っていくもの、
やらなくてはならないこと、子供達に対してとても大きなものがあるなと痛感しました。

麻央は元気になったら、自分が治ったらこうしたい、ああしたい、
多くの人の救いになれるような存在になりたいと闘病しました。

マスコミさんのおかげで公になってある意味有難いと思います。
同じ病の人と気持ちを分かち合いたいと。

麻央さんから教わったことは「愛」。

初めてあったときの彼女から
今の今日の朝まで、表情を思い出せます。

2人の子供のことについては心残りだったと思う。
麻央さんは、7月のかんげんくんの舞台を見に行きたがっていたし目標にしていた。

まだ5才と4才の子供にはお母さんが非常に重要な存在。
僕は代わりになれないけど、できるだけやっていきたい。

麻央は、どこまでも自分よりも相手のことを思う気持ちが強かった。
麻央は僕を変えた奥さん。

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海老蔵ブログでは語らない本音と麻央さんへの愛!

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